地方がおびえる女性流出
因習が重荷、打破へ一歩
夏でも涼しい風が吹く長野県の川上村は、日本有数の高原レタスの産地として知られる。1戸当たりの年間販売額はおよそ3千万円と高く「レタス御殿」と呼ばれる豪邸が立ち並ぶ。それでも藤原忠彦村長は悩んでいた。「レタスの生産量は増えるけど、人口はどんどん減っていく……」
家事のシェアも
村の人口はここ10年で600人減り約4000人になった。結婚していない男性や、外に出て戻らない女性が増えた。じゃあ、お嫁さんに来てもらおう。村は結婚支援会社に相談したが、返ってきたのはこんな言葉だった。「女性は暮らしやすいですか?」
「嫁に来てから息を殺して生きてきた」。村の30代の女性はこう打ち明ける。おしゃれをしたり、新しいことをしたりすると、周囲から後ろ指をさされる。「子育て以外するな」という雰囲気を感じてきた。20代の男性も「好きな人を村に連れてきたくない」と漏らす。レタスが生み出す富をも打ち消すような重い空気が村に漂っていた。
男性中心の文化を変えないと――。川上村は村の「文化改革」に立ち上がった。結婚支援のパートナーエージェント(東京・品川)など民間の力を借り、女性がビジネスのアイデアを出すことを奨励する。家事をシェアする仕組みもつくり、女性が「嫁」ではなく一個人として能力を生かせる未来を探っていく。
女性の流出に悩む地方は増えている。国立社会保障・人口問題研究所の林玲子部長の分析では、2000年以降、若い女性の割合は地方より都市の方が高くなった。高度経済成長期には、若い男性が「金の卵」として地方から都市に流入した。しかし高学歴化などで、徐々に女性の移動が増加。女性は男性より地方に戻る人が少なく、都市部に集中し続けている。
なぜ若い女性は地方から離れるのか。経済的な理由だけでなく、地方の古いしきたりなどが定着を阻害している可能性がある。林部長の分析によると、議員や管理職の男女比率などを考慮した「ジェンダー指数」でみた場合、男女の平等度が高い地域ほど女性がとどまる傾向にあった。
「少子化対策のモデル」とされる福井県でさえ、厳しい現実に直面する。福井は3世代同居や共働き、出生率が高く子育てしやすい県として注目されてきた。しかし、女性が大学卒業後に地元に戻るUターン率は、10年前の4割から今は2割に減った。危機感を持ち、東京大学の大沢真理教授と共同で調査すると、様々な面で女性の負担が重い現実が浮き彫りとなった。
福井県は働く女性が多いのに女性管理職の比率は全国で最も低いグループに入る。共働きでも家事の負担は女性が重く、妻の余暇時間は全国で最も短かった。大沢教授は「女性の生き方の選択肢が増える中で、魅力的な仕事や環境がなければ、福井モデルは持続しない」と警鐘を鳴らす。調査を受け、福井県は家事の検定制度をつくるなど男性の家事参加に力を入れている。
地域の未来に暗雲
若い女性が流出する地域の未来は厳しい。民間有識者でつくる日本創成会議は、全国約1800の市区町村のうち半分が、出産適齢期である20~39歳の女性の減少で2040年には消滅すると予測した。東京23区で唯一、消滅するとされた豊島区も今春「女性にやさしいまちづくり課」を新設した。民間から登用された宮田麻子担当課長は「出生率より暮らしやすさの向上に注力したい」と話す。
人口減少への対策として出産・育児や結婚移住に予算を充てる自治体は多い。でもお金より大切なのは、女性が性別による役割にとらわれず暮らしやすい社会を創ること。そう気づいた地域が少しずつ増えている。
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実際に地方移住してみたら……「もやもや」「すっごくいい」
川上知美さん(35)は長野県川上村に住んで7年目を迎えている。もともとは東京の飲食店に勤めていた。有機野菜などに関心を持っていたことから、川上村の農業体験に参加したところ、太陽の下で汗をかく生活スタイルは思いのほか心地よかった。夫の家族と知り合い、嫁に来ることを決めた。
「初めの2、3年は何でも新鮮だった」と川上さんは振り返る。3人の子宝にも恵まれ幸せを感じていた。でもいつからか、農業と子育ての生活に徐々に閉塞感を感じるようになっていった。「外に出てもすることがなくてひらすら散歩していた」。夫は優しく話を聞いてくれてたが、それでも消えないもやもやがあった。
そんな生活に今年、変化が起きた。川上村が村民からアイデアを募るコンテストをすると知ったのだ。出したいアイデアはあった。病院が遠いため、子どもを連れて行こうとすると半日がつぶれてしまっていた。「ハーブで予防できたら」。そんな思いをまとめて応募したところ、ライフスタイル部門で優勝した。
優勝以上にうれしかったのは、自分の考えに共感してくれる村の女性が出てきてくれたこと。ハーブをつかって何ができるだろう。今はそんな話し合いをすることにわくわくしている。「まだ村には女性の力が眠ってる」。川上さんは今、村が変わっていくのを肌で感じている。
川上村の藤原忠彦村長は「都市と農村では生活がかなり違うので、お嫁さんはそれなりの覚悟は必要。でも村の方でも、都市に近い文化を創っていかなくてはいけない。都市文化と農村文化の融合を進めたい」と話す。そのためには「女性の社会進出が大事。若者の良い意見ももっと取り入れていきたい」と村の改革に前向きだ。
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「ものすっごい浜田に来てよかったって実感していますよ」。そう話すのは島根県浜田市に移住した寺本六花さん(33)だ。寺本さんは浜田市の乗馬施設のリニューアルの立ち上げに携わるため、大分県から4年前に移住してきた。馬と向き合う仕事は重労働でけっして楽ではない。でも心の底から浜田に移住して良かったと感じているという。
理由は「人の優しさを感じるから」。寺本さんは子どもの頃、親の転勤で地方に何カ所も住んだことがあるが「よそ者」として冷たくされることが多かったという。でも浜田市ではあいさつをするだけで気さくに会話が始まっていく。最初は控えめに暮らしていこうと思っていたが、むしろ女性をどんどんプッシュしてくれる雰囲気も感じる。「人口がすごく少ないから人を大切にしなきゃと分かってる。みんな浜田市がピンチだと分かってる」と寺本さんは話す。
もちろん人口減少や財政難など、地方が抱える問題がないとは思っていない。でも「今の気分はジャンヌダルク。自分が先頭に立ってでも浜田を盛り上げたい」という。
島根県浜田市は女性人口の拡大のため、2014年に女性職員が集まり定住促進案をまとめた。担当者は「いろいろな立場の人がいろいろな生活スタイルで、浜田って暮らしやすいね、と思ってもらえるよう心がけた」と話す。その案をきっかけに、シングルマザーの移住支援政策も誕生。全国でも珍しく注目を集めた。
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今後、地方へ移住する女性が増える可能性はある。NPO法人ふるさと回帰支援センター(東京・千代田)の高橋公・代表理事は「移住を望む若い女性は増えている」と話す。ただ「そうした女性は、大学卒などで意識や能力が高い。それを生かせる地域かどうかでこれからの地方は明暗が分かれていくだろう」と指摘する。地方が消滅するか、生き残るか。その分かれ目は女性がどれだけ暮らしやすい社会を築けるかにありそうだ。
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若者につのる田舎への不満「お年寄りが圧倒的に発言力持つ」
ツイッター上では「都会の婚活・出会いイベントだと今は女性枠があっという間に埋まるらしいんだけど、田舎になればなるほど男女差が逆転するのね。男性枠がすぐ埋まって女子がほぼゼロ」と女性が都市にとどまっている状況を指す声があった。
若者からは「田舎はお年寄りが圧倒的に発言権と行使力と票を持ってる。何言っても『若いなあ』って、ほほ笑まれるだけ」という不満も。今後は「若い人や移住者を粗末に扱ったり年寄りや役場が望むことをごり押ししたりして、若手が去っていくところと(そうでないところに)わかれるのでは」との指摘もあった。調査はNTTコムオンラインの協力を得た。
(福山絵里子)
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