世界最大の資産運用会社が企業に求める「理念」
米ブラックロック会長
世界最大の資産運用会社、米ブラックロックのラリー・フィンク会長が日本経済新聞社の取材に応じ「企業は従業員や顧客、社会に賛同・理解される経営理念を示す必要がある」と述べた。社会の発展や課題の解決に寄与できなければ、利益は持続しないとの考え方を企業と共有するため、対話の人員を倍増する。企業の持続可能性を見定めるため、ESG(環境・社会・ガバナンス)の分析力を高めていることも明らかにした。(聞き手は編集委員 松崎雄典)
ブラックロックの運用資産は6.3兆ドル(約700兆円)、日本企業の株式は約30兆円保有する。市場全体に連動する「パッシブ運用」の比率が高く、フィンク会長は「企業の長期利益を重視する」と強調した。
株主として日本を含む世界の企業経営者に過去6年、書簡を送っており、今年は「Purpose(理念、存在意義)」という言葉を強調した。「企業の存在意義は利益を稼ぐことに集約されていたが、利益を超えるものを求める社会の声は強まっている」と話す。
「経済は好調なのに、老後の蓄えの不足や技術発展による失職が社会に不安をもたらしている」とも指摘。政府だけでは対応できない不安が、企業の社会的な役割が重視される理由と分析する。昨年は日本企業に賃上げや投資を求めた。
社会にどう貢献するか理念を示せていない企業は、ステークホルダー(利害関係者)の信頼を失い、いずれ事業に支障をきたしかねない。政府と異なり国境を越える企業は「進出先でもメッセージを伝えなければいけない」と要望した。
どのくらいの企業が長期戦略や理念を示しているのか調査しており「2019年1月にはリポートを出したい」と述べた。企業に理念を重視する経営へのシフトを促す可能性がある。
企業の社会的な存在意義を重視するESG投資にも力を入れる。投資リターンを出す運用を確立すべく「ESGのデータを分析する精度を高めている」。米国で運用業の規制の枠組みは「顧客の利益」のみを重視するよう求める。ESG投資は環境や社会との関係も考慮する手法だが、通常の投資と同じかそれ以上のリターンが期待できるなら問題はないとの見解に米労働省は転じている。
ブラックロックは企業に株主としての考え方を伝えるため、対話を専門とする世界の人員を3年で2倍の約70人に増やす。対話専門のチームとしては世界最大の規模になる見通し。これまで株主総会での議決権行使に偏っていた企業との関係も見直し「比重は通年の対話に移っている」という。議決権行使では「企業が持続的な利益を築こうとしているのなら経営方針に賛同する」との姿勢を示した。
企業が四半期ごとの業績予想を出すことには反対の姿勢。「長期戦略を示したうえで、四半期で進捗状況を公表すべきだ」とし、四半期開示そのものは透明性を高めるために必要との立場を強調した。ブラックロックも四半期ごとの業績予想は出していない。
日本経済については「人口減少という逆風を追い風に変えられる」と期待する。教育水準が高く、テクノロジーに優れた企業が多いため、ロボティクスや技術の導入を迅速に進められるとみる。「生産性を高め、賃金を引き上げられるだろう」と予想した。
トランプ米政権による貿易交渉は「必ずしも不適切とは思わない。時代とともに貿易のあり方は変わるべきだ」と理解を示した。トランプ政権は中国を焦点としており、日米の交渉でも「自動車産業など日本企業に大きな打撃になるとは思わない」との見解を示した。
パッシブ運用の拡大が市場をゆがめているとの批判に対しては「まだ世界で15%、米国で30%の規模でしかない」と反論した。一方、米国では多くのファイナンシャルアドバイザーが個別株などよりも上場投資信託(ETF)を推奨しており、パッシブ運用が拡大する「流れは変わらない」と述べた。